クロスボーダーM&A 完全ガイド 買収ストラクチャー編【2026年版】
本記事の内容は、弊社が所属するGPCグループ(株式会社グローバル・パートナーズ・コンサルティング)が関東経済産業局の委託を受けて実施した「中堅・中小企業のための海外M&A事例集(2026年版)」における企業ヒアリングや現地専門家への取材で得られた知見を一部反映しています。
1. 買収ストラクチャーで決めること
買収ストラクチャーの検討では、主に次の5点を決めます。
| 決めること | 主な選択肢 |
|---|---|
| 誰が買うか | 日本の本社/既存の現地子会社/シンガポールなどの中間持株会社 |
| 何を買うか | 対象会社の株式/事業や資産だけ(事業譲渡) |
| どれだけ買うか | 100%/過半数/少数出資(段階的に増やす設計を含む) |
| 資金をどう出すか | 出資(資本金)/親子ローン(貸付)/現地での借入 |
| 将来どう出るか | 対象会社株式の売却/持株会社株式の売却/再編・IPOなど |
過半数を持たない出資の進め方は少数出資・資本業務提携編で解説しています。
2. 直接買収とシンガポール持株会社経由の比較
東南アジアの企業を買収する場合、日本の本社が直接株式を取得する方法と、シンガポールに中間持株会社を置いてその会社が取得する方法がよく比較されます。シンガポールは法人税率が17%で、配当に源泉税がかからず、租税条約のネットワークも広いことから、地域統括拠点として使われることが多い国です。
| 項目 | 日本から直接買収 | シンガポール持株会社経由 |
|---|---|---|
| 配当の受け取り | 対象国の配当源泉税(国による)を負担し、日本では外国子会社配当益金不算入制度の対象になる | 対象国からシンガポールへの配当は、一定の要件のもとでシンガポールで非課税。シンガポールから日本への配当に源泉税はかからない |
| 管理・資金 | 子会社ごとに日本から管理する | 複数国の子会社をまとめて管理し、資金を地域内で融通しやすい |
| 売却(出口) | 対象会社の株式を売却し、対象国で課税される | 持株会社の株式を売る方法もあるが、間接的な譲渡に課税する国もある |
| コストと実体 | 追加のコストは小さい | 設立・維持のコストがかかる。日本の外国子会社合算税制などとの関係で、人員や意思決定の実体が必要 |
| 向いているケース | 1か国・1社の買収で、追加の展開予定が少ない | 複数国への展開、追加の買収、将来の再編・売却を見すえる |
配当にかかる源泉税は国によって異なります。ベトナム・マレーシア・シンガポールでは外国の法人株主への配当に原則として源泉税がかからない一方、タイ・インドネシア・フィリピンでは源泉税がかかり、租税条約で軽減される場合があります。日本との条約とシンガポールとの条約で軽減後の税率が異なる国もあるため、どの会社が配当を受け取るかで手取り額が変わります。
シンガポールでの組織再編や持株会社の運営については、シンガポールの組織再編と実務もあわせてご覧ください。
3. 日本側の税制:配当益金不算入・外国子会社合算税制・グローバル・ミニマム課税
外国子会社配当益金不算入制度
日本の会社が外国子会社から受け取る配当は、持株割合が25%以上で、配当の支払義務が確定する日以前6か月以上継続して保有している場合、配当の額から費用相当額(配当の5%)を控除した金額、つまり配当の95%が益金不算入(課税所得に含めない)となります。租税条約で持株割合の要件が軽減されている場合は、軽減後の割合で判定します(国税庁)。
外国子会社合算税制(CFC税制)
税負担の低い国にある子会社に所得を留めて日本の課税を避けることを防ぐため、一定の外国子会社の所得を日本の親会社の所得に合算して課税する制度です。判定の目安となるのが、外国子会社の租税負担割合(所得に対する実際の税負担の割合)です。
| 区分 | 概要 |
|---|---|
| 特定外国関係会社(ペーパーカンパニーなど) | 租税負担割合が27%未満の場合、会社単位で所得を合算。令和5年度の改正で30%から27%に引き下げられ、令和6年4月1日以後に開始する事業年度から適用されています |
| 対象外国関係会社 | 租税負担割合が20%未満の場合に判定の対象となる。事業の実体などを確かめる経済活動基準を満たさなければ会社単位で合算され、満たしていても配当・利子などの受動的な所得は部分的に合算される場合がある |
シンガポールの法人税率は17%で、20%を下回ります。そのため、シンガポールの持株会社に事務所や人員などの実体がなく、ペーパーカンパニーや経済活動基準を満たさない会社と判定されると、所得が日本で合算課税される可能性があります。実際の判定は、租税負担割合の計算方法や統括会社の特例なども含めて個別に確認が必要です。
グローバル・ミニマム課税(第2の柱)
国ごとの実効税率が15%を下回る場合に、その差額を追加で課税する国際的な制度です。日本では、親会社に追加で課税する所得合算ルール(IIR)が2024年4月1日以後に開始する対象会計年度から、さらに国際最低課税残余額に対する法人税(UTPR)と国内最低課税額に対する法人税(QDMTT)が2026年4月1日以後に開始する対象会計年度から適用されています。
対象は、直前4対象会計年度のうち2以上で、連結の総収入金額が7.5億ユーロ以上の多国籍企業グループです(国税庁)。独立した中堅・中小企業のグループは通常対象外ですが、大規模な多国籍企業グループの構成会社であれば、日本の会社自体が小規模でも対象となり得ます。親会社がこの規模に該当する場合は、買収する会社の所在国の実効税率にも注意が必要です。
4. シンガポール側の税制:Section 13WとSection 10L
シンガポールには原則としてキャピタルゲイン(資産の売却益)に対する課税がありませんが、取引が事業として行われていると判断されれば、売却益も通常の所得として課税されます。この判断の不確実性をなくすため、Section 13Wは、一定の要件を満たす株式譲渡益について、課税しないことを事前に明確にするセーフハーバー(要件を満たせば課税されないと確認できる仕組み)として設けられています。
- 基本的な要件:売却する会社が、譲渡の直前まで対象会社の株式の20%以上を、24か月以上継続して保有していること。
- 近年の改正:2025年の税制改正で適用期限が撤廃され、対象となる株式の範囲や保有割合の判定方法も見直されています(細部はIRASの最新のガイドで確認が必要です)。
- 対象外となる主な場合:不動産の売買・保有・開発を行う非上場会社の株式の譲渡など、一定の場合は対象外です。
一方、Section 10Lにより、2024年1月1日以後、シンガポールで十分な経済的実体を持たない会社が受け取る外国資産(外国の会社の株式を含む)の売却益は課税されます。Section 13Wの要件を満たしていても、Section 10Lの対象になることがあるため、持株会社には実際の事業活動や管理の実体が必要です。
注意:「シンガポールの持株会社なら株式譲渡益は非課税」と考えるのは危険です。Section 13Wの要件、Section 10Lの実体要件、対象国の課税、日本の外国子会社合算税制をあわせて確認します。
5. 売却(出口)時の課税
将来、買収した会社を売却する場合、対象会社の所在国で課税されるかどうかが、手取り額に大きく影響します。外国の会社が対象会社の株式を売却する場合の概要は次のとおりです。
| 国 | 外国法人が対象会社の株式を売却する場合の概要 | 持株会社を通じた間接的な譲渡 |
|---|---|---|
| シンガポール | 原則としてキャピタルゲイン課税なし(事業として行う取引は課税)。Section 13Wのセーフハーバーあり | ― |
| マレーシア | 会社・LLPなどがマレーシア法人の非上場株式を譲渡した場合、課税所得の10%(2024年1月1日前に取得した株式は譲渡総額の2%も選択可)。外国法人への適用は個別に確認が必要 | マレーシアの不動産を保有する外国の会社の株式も対象になる場合がある |
| タイ | 買い手がタイ法人の場合、譲渡益に15%の源泉徴収(租税条約で免除される可能性あり) | 個別に確認が必要 |
| ベトナム | 2025年12月15日以降、外国法人による資本譲渡は譲渡総額の2%で課税 | 間接的な譲渡も課税対象とされている(運用の細部は確認が必要) |
| インドネシア | 非居住者による非上場株式の譲渡は、譲渡総額の5%を源泉徴収(租税条約で免除される可能性あり) | 個別に確認が必要 |
| フィリピン | 非上場株式の譲渡益に15%、加えて印紙税 | 個別に確認が必要 |
ベトナムでは、ベトナム法人を保有する国外の会社の持分を売却する場合も課税の対象とされたため、「シンガポールの持株会社を挟めば、出口でベトナムの課税を避けられる」という考え方は、2025年12月以降は通用しにくくなっています(運用の細部は個別に確認が必要です)。国ごとの税務の論点はASEAN6カ国 税務DD論点比較で詳しく比較しています。
6. 各国の外資規制と企業結合の届出
買収ストラクチャーを決める前提として、対象会社の業種に外資規制がないか、競争法(独占禁止法)上の届出が必要かを確認します。主な国の概要は次のとおりです。
| 国 | 外資規制の概要 | 企業結合の届出 |
|---|---|---|
| シンガポール | 一般的な外資規制は少ない。金融など一部の業種や重要な事業体には個別の規制・審査がある | 任意の届出制度 |
| マレーシア | 多くの業種で外資100%が可能だが、流通業など一部の業種に条件がある | 一般的な届出制度はなく、2026年の競争法改正でも導入は見送られたと報じられている(航空・通信など業種別の規制はある) |
| タイ | 外国人事業法により、外資50%以上の会社が規制業種を営むには外国人事業許可などが必要(投資委員会(BOI)の奨励による例外あり) | 一定規模以上で届出・許可が必要 |
| ベトナム | 業種ごとに外国投資家の参入条件がある。2026年3月1日施行の新投資法のもと、条件付きの業種や外資比率が50%を超える場合などに、出資・株式取得の事前登録が必要とされる | 一定規模以上で事前届出 |
| インドネシア | 投資ポジティブリストで業種ごとの外資比率の上限や条件を定める。外国投資会社(PMA)には最低投資額や払込資本の要件があり、2025年に見直された | 一定規模以上で事後届出 |
| フィリピン | 外国投資ネガティブリストで外資比率が制限される業種がある。2022年の法改正で一部の業種の規制が緩和された | 2026年3月1日から、当事者の規模91億ペソ超かつ取引の規模38億ペソ超で事前届出 |
外資規制の詳細や閾値は頻繁に見直されるため、案件ごとに最新の法令と現地専門家の見解を確認してください。各国の制度の全体像は、ベトナム編・タイ編・インドネシア編・フィリピン編・マレーシア編・シンガポール編でも解説しています。
なお、外資規制を避けるために名義上の株主(ノミニー)を立てる構成は、タイ・インドネシア・フィリピンなどで法令違反となるおそれがあり、DDでもよく問題になります。具体例は東南アジアDDのレッドフラッグ事例集をご覧ください。
7. 株式取得と事業譲渡の違い
| 項目 | 株式取得 | 事業譲渡(資産取得) |
|---|---|---|
| 引き継ぐもの | 会社そのもの。簿外債務や過去の税務リスクも含めて引き継ぐ | 選んだ資産・負債だけ。過去のリスクを切り離しやすい |
| 許認可・契約 | 原則として維持される(チェンジ・オブ・コントロール条項に注意) | 再取得や相手方の個別の同意が必要になることが多い |
| 従業員 | 雇用はそのまま継続 | 個別の移籍の手続が必要 |
| 税務 | のれんを税務上償却できないのが一般的 | 国によっては取得した無形資産やのれんを税務上償却できる。付加価値税や印紙税がかかる場合がある |
| 向いているケース | 許認可や顧客との契約が事業の価値の中心 | 簿外債務のリスクが大きい、一部の事業だけを買いたい |
どちらを選ぶかは、DDで見つかったリスクの大きさにも左右されます。DDの結果を踏まえて、スキームを変更することも珍しくありません。
8. 買収資金の出し方:出資か貸付か
買収資金や買収後の運転資金を子会社に渡す方法には、出資(資本金)と親子ローン(貸付)があります。
- 出資:資本が厚くなり、現地の金融機関からの信用も得やすくなります。一方、回収は配当によるため、減資で資金を戻すには手続と時間がかかります。
- 親子ローン:利息と元本の返済で資金を回収しやすい方法です。ただし、利息に源泉税がかかる国があること、借入が過大な場合に利息の損金算入が制限される国があること、金利水準が移転価格税制の対象になることに注意が必要です。ベトナムの中長期の外国借入のように、外貨借入の登録が必要な国もあります。
どちらを選ぶかは、対象国の税制・外為規制と、資金をいつどのように回収したいかで決まります。将来の出口まで見すえて設計しておきましょう。
シンガポールの持株会社は、税務上のメリットだけを目的につくると、日本の外国子会社合算税制やシンガポールのSection 10Lで想定外の課税を受けるおそれがあります。地域の子会社の管理、資金管理、人材の採用など、持株会社に実際に担わせる役割を先に決め、その役割に見合った人員と意思決定の仕組みを置くことが重要です。1社目の買収では直接買収とし、2社目以降の展開が見えた段階で持株会社に移す方法もありますが、その際の株式の移転にも課税が生じうるため、最初の買収の時点で将来の形を検討しておくことをおすすめします。
9. よくある質問
GGAの支援事例
本記事のテーマに関連する、GGAの支援事例をご紹介します(開示可能な事例を抜粋)。
リックソフト株式会社(東証グロース:4429)による、シンガポールのITコンサルティング会社Information Officer Pte. Ltd.の発行済株式39%の取得において、買手・売手双方のファイナンシャル・アドバイザーとして、シンガポール・米国を含む買収ストラクチャーの構築、財務・税務・法務デューデリジェンスとバリュエーションの調整、取締役会の投資判断の支援、株式譲渡契約書・株主間契約書の作成と交渉(日英)、クロージング手続、PMIに関する助言までを支援しました。
リックソフト株式会社(東証グロース:4429)による、BiPlus Vietnam Software Solutions Joint Stock Company(ベトナム・ハノイ)の買収において、GPCグループ(GPC・GGA・GGV)として、企業価値算定、財務・税務・人事デューデリジェンス、買収ストラクチャーの構築を支援しました。
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Read More →出資比率ごとの権利、株主間契約、段階取得、持分法、出口の設計。
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日本の公認会計士が、DD・バリュエーションから最終契約、買収後の会計、PMIまで一貫してサポートします。
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(注)本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別案件への助言ではありません。税制・規制は頻繁に改正されるため、実際の検討にあたっては最新情報をご確認のうえ専門家にご相談ください。記載内容は2026年10月時点の情報に基づきます。
(注)上記記述は、その内容を弊社が保証するものではありません。詳細、最新情報は弊社までお問い合わせください。
監修:クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門

