クロスボーダーM&A 完全ガイド ASEAN6カ国 税務DD論点比較【2026年版】
本記事の内容は、弊社が所属するGPCグループ(株式会社グローバル・パートナーズ・コンサルティング)が関東経済産業局の委託を受けて実施した「中堅・中小企業のための海外M&A事例集(2026年版)」における企業ヒアリングや現地専門家への取材で得られた知見を一部反映しています。
1. 国別に税務DDの論点が変わる理由
株式取得による買収では、対象会社の過去の税務リスクはすべて買い手側に引き継がれます。そのため税務DDでは、「何年前までさかのぼって追徴される可能性があるか(更正期間)」と「どの税目で問題が起きやすいか」を国ごとに把握する必要があります。
また、取引そのものにかかる税金も国によって異なります。売り手に対する株式譲渡益課税について、買い手に源泉徴収義務を課している国もあり、知らずに対価を全額支払うと買い手が納税義務を負うことがあります。
2. 6カ国の比較一覧
| 国 | 法人税率(標準) | 外国法人による非上場株式の譲渡 | 主な間接税 | 更正期間(原則) |
|---|---|---|---|---|
| シンガポール | 17% | 原則としてキャピタルゲイン課税なし(一定の保有要件を満たす株式譲渡益は非課税の取扱い) | GST 9% | 4年 |
| マレーシア | 24% | 2024年3月から非上場マレーシア株式の譲渡益に10%課税(2024年1月1日より前に取得した株式は譲渡価額の2%も選択可)。外国法人への適用は個別確認が必要 | 売上税5%・10%、サービス税8%(一部6%) | 5年 |
| タイ | 20% | タイの買い手が支払う譲渡益に15%の源泉税(租税条約で免除される場合あり) | VAT 7% | 2年(一定の場合は5年、無申告等は最長10年) |
| ベトナム | 20% | 2025年12月15日以降、直接・間接の持分譲渡ともに譲渡価額の2%(従来は譲渡益の20%) | VAT 10%(多くの品目で2026年末まで8%に軽減) | 5年(未申告の場合は延長) |
| インドネシア | 22% | 譲渡価額の5%を源泉徴収(租税条約で免除される場合あり) | VAT 法定12%(ぜいたく品以外は実質11%) | 5年 |
| フィリピン | 25%(小規模法人は20%、登録事業者は優遇あり) | 譲渡益に15%(分離課税)、加えて印紙税 | VAT 12% | 3年(不正の場合は10年) |
※2026年10月時点の一般的な取扱いです。租税条約の適用、業種・取引形態により異なります。実際の取引では必ず個別に確認してください。
3. 国別の要注意論点
シンガポール
| 税制の特徴 | 法人税率は17%と低く、配当に源泉税はかかりません。税務申告の適正性も比較的高い水準です。 |
| 株式譲渡 | 原則として株式の譲渡益は非課税です。ただし、短期売買と判断されると課税対象となります。 |
| 最近の改正 | 2024年から一定の海外資産の譲渡益に課税する制度が導入されました。グローバル・ミニマム課税(Pillar 2)への対応も始まっています。 |
税務DDで特に注意する論点
- 地域統括会社として使われている場合の、グループ会社との取引の移転価格
- 優遇税制(パイオニア、開発・拡大インセンティブ等)の適用要件と、買収による影響
- 海外への支払い(サービス料・ロイヤルティ・利息)に対する源泉税の要否
- GSTの登録要件と、海外からのサービス輸入に対する課税
マレーシア
| 税制の特徴 | 法人税率は24%です(中小企業には軽減税率あり)。売上税・サービス税(SST)は2025年7月に課税範囲が拡大されました。 |
| 株式譲渡 | 2024年3月から、非上場のマレーシア法人株式の譲渡益に10%が課税されます(2024年1月1日より前に取得した株式は、譲渡価額の2%を選択することも可能)。 |
| 最近の改正 | 電子インボイス(MyInvois)が段階的に義務化されています。外国人従業員の年金積立(EPF)への強制拠出も始まりました。 |
税務DDで特に注意する論点
- 電子インボイスへの対応状況と、売上の計上漏れの有無
- SSTの課税範囲拡大への対応(新たに課税対象となったサービス)
- 投資税額控除や優遇措置の適用要件
- ブミプトラ要件など外資規制と連動した株主構成の確認
タイ
| 税制の特徴 | 法人税率は20%、配当の源泉税は10%です。中小企業には軽減税率があります。 |
| 株式譲渡 | 外国法人がタイの買い手に株式を譲渡した場合、買い手に譲渡益の15%を源泉徴収する義務があります。租税条約により免除される場合もあります。 |
| 最近の改正 | 2025年からグローバル・ミニマム課税(Pillar 2)が導入されました。 |
税務DDで特に注意する論点
- BOI(投資委員会)による法人税免除の適用要件と、承認事業以外の売上の混在
- 中小企業に多い二重帳簿と、売上の計上漏れ
- 外国人事業法の規制を回避するための名義株主(ノミニー)の有無
- 更正期間は原則2年と短いが、一定の場合は5年、無申告の場合は最長10年までさかのぼられる点
ベトナム
| 税制の特徴 | 法人税率は20%です。2025年10月に新しい法人税法が施行され、損金算入や繰越欠損金のルールが見直されました。 |
| 株式譲渡 | 2025年12月15日から、外国法人による持分譲渡は、直接・間接を問わず譲渡価額の2%で課税されます(従来は譲渡益の20%)。譲渡損失が出ていても課税される点に注意が必要です。 |
| 最近の改正 | VATの2%軽減(10%→8%)が2026年12月末まで延長されています。税務当局のデジタル化が進み、電子インボイスによる監視も強化されています。 |
税務DDで特に注意する論点
- 非公開企業に広く見られる二重帳簿と、帳簿一元化に伴う税負担の増加
- 電子インボイスの発行状況と、申告上の売上との整合
- 関連当事者取引の移転価格と、利息の損金算入制限
- 海外の持株会社の株式を譲渡する間接譲渡の場合も課税対象となる点
インドネシア
| 税制の特徴 | 法人税率は22%です。配当・利息・ロイヤルティの源泉税は原則20%で、租税条約により軽減されます。 |
| 株式譲渡 | 外国法人による非上場株式の譲渡には、譲渡価額の5%の源泉税(分離課税)が課されます。租税条約により免除される場合もあります。 |
| 最近の改正 | VATの法定税率は2025年から12%になりましたが、ぜいたく品以外は課税標準の調整により実質11%です。新しい税務システム(Coretax)も稼働しています。 |
税務DDで特に注意する論点
- 源泉税の種類が多く、源泉徴収漏れが起きやすい
- VATの仕入税額控除の証憑と、税務調査での否認リスク
- 名義株主の有無と、外資規制業種の確認
- 税務調査の頻度が高く、還付申告をすると調査が入りやすい点
フィリピン
| 税制の特徴 | 法人税率は25%です(一定の小規模法人は20%)。投資優遇の登録事業者には、特別法人税5%などの優遇があります。 |
| 株式譲渡 | 非上場株式の譲渡益には15%の分離課税に加え、印紙税がかかります。株式譲渡の登録には税務当局の証明書が必要です。 |
| 最近の改正 | CREATE MORE法により優遇税制が見直され、資本市場効率化促進法(CMEPA)により投資関連の税制が整理されました。 |
税務DDで特に注意する論点
- 投資優遇の登録事業者(RBE)としての要件と、選択している優遇税制の種類
- 源泉税(拡大源泉徴収制度を含む)の徴収漏れ
- 60-40ルールなど外資規制と連動した株主構成
- 株式譲渡の手続きに税務当局の証明書が必要で、クロージングのスケジュールに影響する点
4. 買収ストラクチャーと日本側の税務
税務DDでは、対象会社の過去の税務だけでなく、買収ストラクチャーと買収後の資金の流れも検討します。
- 直接保有か中間持株会社経由か:シンガポールなどの中間持株会社を使うかどうかで、配当の源泉税や将来の売却時の課税が変わります。ただし、実体のない持株会社は租税条約の恩恵を否認されるリスクがあります。
- 配当還流:日本の外国子会社配当益金不算入制度(配当の95%が益金不算入)の適用要件と、現地の配当源泉税を合わせて検討します。
- タックスヘイブン対策税制:対象会社や中間持株会社の税負担割合が低い場合、日本側で合算課税の対象となる可能性があります。
- グローバル・ミニマム課税:大規模なグループでは、対象会社の実効税率が15%を下回ると追加の課税が生じる可能性があります。
国ごとの比較では税率に目が行きがちですが、税務DDで実際に問題になるのは、税務当局がどこを重点的に調べるかです。例えば、ベトナムでは電子インボイスと申告の突合、インドネシアでは源泉税と仕入税額控除、タイでは投資奨励の適用要件が、税務調査でよく指摘されます。税務DDでは、過去の調査の指摘内容と、更正期間内の未調査年度を必ず確認し、同じ論点が他の年度にも及んでいないかを見ます。
5. 複数国にまたがる案件の進め方
- 国ごとの重要度を決める売上・資産・リスクの大きさから、フルスコープで調査する国と、重要論点に絞る国を分けます。
- 共通の資料依頼リストで進める国ごとに別々の質問を送ると、売り手側の負担が増えて回答が遅れます。共通のリストに国別の追加項目を加える形にします。
- 報告書の形式をそろえる国ごとに書式が違うと、全体のリスク金額を比較できません。指摘事項を同じ基準(発生可能性と金額)で整理します。
- 買収ストラクチャーと一緒に検討する税務DDの結果は、持株構造や買収後の資金の流れの設計に直結します。DDの途中から買収ストラクチャーの検討を並行して始めます。
税務DDを含む財務・税務DD全体の進め方は財務・税務DD実務編、各国の外資規制やM&A市場の動向は、ベトナム編・タイ編・マレーシア編・インドネシア編・フィリピン編・シンガポール編の各国ガイドをご覧ください。
GGAの支援事例
本記事のテーマに関連する、GGAの支援事例をご紹介します(開示可能な事例を抜粋)。
リックソフト株式会社(東証グロース:4429)による、BiPlus Vietnam Software Solutions Joint Stock Company(ベトナム・ハノイ)の買収において、GPCグループ(GPC・GGA・GGV)として、企業価値算定、財務・税務・人事デューデリジェンス、買収ストラクチャーの構築を支援しました。
リックソフト株式会社(東証グロース:4429)による、シンガポールのITコンサルティング会社Information Officer Pte. Ltd.の発行済株式39%の取得において、買手・売手双方のファイナンシャル・アドバイザーとして、シンガポール・米国を含む買収ストラクチャーの構築、財務・税務・法務デューデリジェンスとバリュエーションの調整、取締役会の投資判断の支援、株式譲渡契約書・株主間契約書の作成と交渉(日英)、クロージング手続、PMIに関する助言までを支援しました。
正常収益力・ネットデット・運転資本・税務リスクの見方と、DD結果を価格・契約に反映する方法。
Read More →DD費用を左右する要素、標準的なスケジュール、依頼前に準備する資料。
Read More →二重帳簿・関連当事者取引・源泉税の未納など、東南アジアのDDで見つかる8つのモデルケース。
Read More →中堅・中小の海外M&Aで費用を抑えるDDの選択肢と、その限界。
Read More →DDの全体像、クロスボーダー特有のリスク、実施手順。
Read More →表明保証・補償・価格調整・アーンアウト。DDの発見事項を契約に落とし込む対応表つき。
Read More →直接買収とシンガポール持株会社経由の比較。税制・外資規制・売却時の課税まで。
Read More →出資比率ごとの権利、株主間契約、段階取得、持分法、出口の設計。
Read More →海外M&Aの全体の流れと期間、FAと仲介の違い、報酬の一般的な相場。
Read More →PPA、のれんの償却と減損、在外子会社ののれんの換算、2026年の最新動向。
Read More →GGAは、シンガポールを拠点に東南アジア全域のクロスボーダーM&Aを支援しています。
海外企業の買収をご検討の日系企業様、買い側のM&Aアドバイザー様はお気軽にご連絡ください。
日本の公認会計士が、財務・税務DDからバリュエーション、契約への反映、PMIまで一貫してサポートします。
関東経済産業局の委託調査「海外M&A事例集(2026年版)」を担当したチームが対応します。
(注)本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別案件への助言ではありません。税制・規制は頻繁に改正されるため、実際の検討にあたっては最新情報をご確認のうえ専門家にご相談ください。記載内容は2026年10月時点の情報に基づきます。
(注)上記記述は、その内容を弊社が保証するものではありません。詳細、最新情報は弊社までお問い合わせください。
監修:クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門

