クロスボーダーM&A 完全ガイド シンガポール編 【2025年版】

クロスボーダーM&A最前線、シンガポールのM&A最新情報、メリット・デメリットを解説

【2025年版】

 クロスボーダーM&A件数は年々増加傾向にあり、特にASEAN地域に注目が集まっています。当該ASEAN地域において、特に注目されているシンガポールのクロスボーダーM&A動向の最新情報を、弊社クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門が解説します。

 クロスボーダーM&Aの実施を検討されている方は是非とも参考にしてください。




1. クロスボーダーM&Aとは

 クロスボーダーM&A(Cross-border M&A)とは、国境を越えて行う合併や買収のことで、海外企業が関わるM&Aであり、クロスボーダーM&Aは、企業が国際市場において成長を追求し、競争力を強化するための戦略的手段です。ビジネスにおいては国際間の取引という意味となります。日本企業においては国内市場の成熟化や人口減少に伴う需要低迷が顕著であるため、海外への進出が不可避となっており、クロスボーダーM&Aを活用するケースが増加しています。クロスボーダーM&Aは企業がグローバル展開をする手段として注目されており、クロスボーダーM&Aを採用する理由として昨今多くなっているのは、時間を買うという目的が多いです。自社のみで、一から海外進出を検討した場合、クロスボーダーM&Aを行う場合と比較して、海外でビジネスをするための経験・ノウハウやオフィス準備、人材採用・人材確保などの時間を多く要することになり、スピード感をもったビジネス展開が難しくなります。よって、クロスボーダーM&Aにて、海外で既にビジネスを行っている企業を買収できれば、まさに時間を買うことが可能となり、スムーズな海外展開が可能となります。

 実際、近年の日本企業によるクロスボーダーM&A(In-Out型のクロスボーダーM&A)は増加傾向にあり、東南アジアの高成長市場や欧米先進国の先端技術取得を狙ったもので、2018年には取引件数および成約金額が過去最高に達しました。また、日本国内ですでに成熟しているマーケットも、海外では未開拓であることが多く、クロスボーダーM&Aを通じて競合他社が少ないブルーオーシャンでビジネスを行うというのは、クロスボーダーM&Aは戦略的に他社との優位性を確保できる優れた手法となります。

 さらに、クロスボーダーM&Aの認知度が高まるにつれ、大規模案件に注目が集まり、企業間競争が激化しています。代表的な事例として、ソフトバンクによる英国の半導体設計会社アームのクロスボーダーM&Aや、三菱UFJフィナンシャルグループによるタイのアユタヤ銀行のクロスボーダーM&Aが挙げられます。これらのクロスボーダーM&Aは、国内市場の縮小を背景に、新興市場の成長機会を活用するための手段とされています。


2. シンガポールのM&A市場の動向と規模

 近年、シンガポールのM&A市場は活況が続いており、長期的に見ると着実に拡大傾向にあります。コロナ前には年間900件超のM&A件数がありましたが、パンデミックで一時減少した後に回復しました。実際、2016~2022年のシンガポールにおけるM&A件数と金額推移は以下の通りです:

  • 2016年: 441件, 金額 353.2億ドル

  • 2017年: 435件, 金額 576.4億ドル

  • 2018年: 977件, 金額 1,510.8億ドル

  • 2019年: 980件, 金額 1,495.3億ドル

  • 2020年: 819件, 金額 1,233.0億ドル

  • 2021年: 926件, 金額 3,322.9億ドル

  • 2022年: 860件, 金額 1,852.6億ドル

 このように件数・金額は増減を繰り返していますが、全体としてはM&A市場が成長基調にあることが読み取れます。特に2021年は金額面で突出しており、超大型案件の発生もあって3,300億ドル超という過去最高水準を記録しました。

 2024年に入ってもその勢いは続いており、上半期のシンガポール関連のM&A総額は336億米ドル(約4.7兆円)に達しました。これは前年同期比28.9%増という大幅な伸びで、特に海外企業によるシンガポール企業買収(Out-In)の取引額が70.8%増と大きく拡大しています。シンガポール企業同士の国内M&Aも12.0%増と堅調に増加しました。一方でシンガポール企業が海外企業を買収するケース(In-Out)はやや減少しましたが、それでも109億ドル(約1.5兆円)と高水準を維持しています。2024年後半も活発な取引が続いており、通年でも市場規模は一段と拡大する見通しです。この背景として、シンガポール経済の安定成長も挙げられます。政府の積極的政策に支えられ、2024年のGDP成長率は2.0~3.0%と堅調に推移する見込みです。また、シンガポールは世界有数の一人当たりGDPを誇り(IMF統計で世界5位)、域内でも経済的に突出した存在です。この安定した経済基盤がM&Aにも追い風となっています。

 さらに、日本企業との関係性に目を向けると、シンガポールはASEANで日本とのM&A件数が最も多い国です。実際、日本企業による東南アジアM&Aの約4割がシンガポールに集中しており、シンガポール国内で行われる全M&Aの約17%を日本企業が占めるとのデータもあります。2025年Q1(1~3月)時点でも、東南アジアにおける日本企業関連のM&A案件38件中14件がシンガポールで占められており、地域全体の牽引役となっています。こうした状況から、2025年に向けてもシンガポールのM&A市場は引き続き活況が期待されます。グローバルには2023~2024年にかけて金利上昇などからM&Aが停滞気味でしたが、2025年には世界的にも再び上昇局面に入るとの見方が強まっており、シンガポールもその波に乗る可能性が高いと考えられます。


3. 日本企業がシンガポールでM&Aを行うメリット

 シンガポールでのM&Aには、日本企業にとって多くのメリットがあります。主なポイントを以下にまとめます。

  • 外資規制が緩やか: シンガポールは一部の業種を除き外資規制がほとんどなく、外国企業が参入しやすい環境です。国家安全保障や公益に関わる金融・メディア・公益事業など一部分野のみ規制がありますが、それ以外では外国資本100%出資で現地事業を開始することも可能です。出資比率の制限がないため、時間をかけずスムーズに海外拠点を構築できる点は大きなメリットです。この点、日本や他国では包括的な外資規制があり参入に手間取るケースが多いことと対照的です。

  • 低い法人税率と税制優遇: シンガポールの法人税率は17%と主要国の中でも低水準で、さらに各種の税制優遇措置を活用すれば実効税率を一段と引き下げることも可能です。例えば、地域統括拠点向けの優遇税制や特定産業向けの減税策などが整備されており、多くの企業にとって税務面で非常に魅力的な環境となっています。実際、「海外進出を検討する際にシンガポールを選ぶ企業が多いのは税金面での有利さも一因」だと指摘されています。

  • 政治・経済の安定性: シンガポールは東南アジア随一の政治的・経済的安定国であり、法制度の透明性も世界トップクラスです。政情不安や極端なインフレとは無縁で、ビジネスリスクが低い点は海外M&A先として重要な魅力です。安定した環境であれば、買収後の事業計画も立てやすく、日本本社からのガバナンスも比較的円滑に行えます。

  • ビジネスハブとしての地理的優位性: シンガポールは東南アジアのハブとして、人・モノ・カネ・情報が集中する結節点です。優れたインフラ(港湾・空港)、ビジネスに適した都市環境、そして英語が公用語という言語面の利点もあり、現地企業とのコミュニケーションも取りやすいです。M&Aによってシンガポールに拠点を持つことは、ASEAN全域へのアクセス拠点を得ることにも繋がり、さらなる事業展開の足掛かりになります。

  • 政府によるM&A支援策: シンガポール政府は国内外の企業によるM&Aを促進するため、積極的な支援策を打ち出しています。例えば「M&Aローン(Mergers and Acquisitions Loan)」という制度では、1社あたり最大5,000万シンガポールドルの資金融資を提供し、企業の買収資金ニーズを後押ししています。また、適格買収に対するM&A税制優遇(M&Aスキーム)も導入されており、買収額の25%相当(最大1,000万Sドル)を5年間で損金算入できるM&A譲渡益控除や、買収関連コストの200%控除(最大10万Sドル)などが認められています。このM&A優遇税制は当初2025年末で終了予定でしたが、企業のM&Aによる成長支援を継続する目的で2030年末まで延長されました。政府のこうした施策は、買収コストの軽減や資金調達面の安心材料となり、M&Aにとって追い風と言えます。

 以上のように、シンガポールでM&Aを行うことは参入規制の少なさ税務面の有利さ安定した事業環境ハブ拠点獲得といった多面的なメリットをもたらします。このため「短期間でアジア拠点を構築したい場合、M&Aによるシンガポール進出は非常に効果的」であり、実際に海外進出手段としてシンガポールM&Aを活用する日本企業も増えています。


4. シンガポールM&Aのリスク・注意点(日本企業視点)

 一方で、シンガポールでM&Aを行う際には注意すべきリスクや課題も存在します。主なポイントを挙げていきます。

  • 一部業種における規制リスク: 原則自由なシンガポールの外資受け入れですが、金融・保険・メディアなど国家利益に関わる分野では外資比率や事前許可に関する規制があります。これらの業種の企業を買収する場合、当局の許認可手続きや所有比率の制限に留意が必要です。また2024年1月には国家安全保障上重要な特定投資を審査する「重要投資審査法案」も成立しており、該当分野では政府の審査が入る可能性があります(もっとも大多数の事業には影響しないとみられています)。

  • 法制度・商習慣の違い: シンガポールの会社法制やM&A手法には日本と異なる点があります。例えばScheme of Arrangement(債権者スキームによる合併手続き)は日本にはないスキームですし、逆に日本で一般的な会社分割や株式交換はシンガポールでは通常用いられません。また取締役会や株主総会の運営ルール取締役の居住要件(最低1名は通常居住者)など企業統治面でも相違があります。現地法制度への理解が不足したままだと、契約交渉やPMI(統合プロセス)で思わぬ支障を来すリスクがあります。

  • 言語・文化のギャップ: ビジネス上は英語が主流なため、日本語しかできない担当者だけでは対応できない場面も出てきます。また、多民族国家ゆえ企業文化や商慣習に多様性があり、日本流のやり方がそのまま通用しないこともあります。こうした言語・文化面の違いを軽視すると、従業員との意思疎通や現地顧客開拓でミスマッチが生じ、買収効果を十分発揮できない恐れがあります。

  • 人事・労務上の留意点: シンガポールの労働法規は日本と異なり、雇用契約は基本的に当事者間の合意に委ねられるのが原則です。一定の条件下の従業員には雇用法の保護がありますが、管理職など雇用法適用外の従業員は契約で定めた通知期間を守れば理由を問わず解雇可能となっています。このため、現地社員との労使関係や解雇・退職条件について、日本の常識との違いを理解しておく必要があります。適切な人事対応を怠ると、現地従業員の士気低下や想定外の労務トラブルにつながりかねません。

  • 競争法(独禁法)コンプライアンス: シンガポールには独占禁止法に相当する競争法があり、大型M&Aではシンガポール競争・消費者委員会(CCCS)への通知が推奨されています。シンガポールでは事前届出は義務ではありませんが、万一買収が市場支配的と判断されると事後に制裁(罰金等)を受けるリスクがあります。特に同業買収や市場占有率が高まるケースでは、現地の競争法専門家の助言を仰ぎ、適切に対応することが重要です。

  • その他の外部リスク: シンガポール経済は外需依存度が高いため、世界経済情勢の変動による影響を受けやすい側面があります。リーマンショックやコロナ禍では経済に大きな打撃が及び、M&A市場も一時減速しました。地政学リスクや景気後退など外部環境の変化にはアンテナを張り、シナリオプランニングを行っておくことが求められます。また、シンガポールは土地資源が限られるため不動産価格が高く、事業用物件の取得はリース(借地)形態が一般的になる点にも留意が必要です。物件確保や設備投資コストなど、予め十分に計画に織り込んでおくことが重要です。

 以上のように、シンガポールM&Aは魅力が大きい反面、各種の専門知識を要する複雑さも伴います。現地特有の規制や制度、文化を把握せずに独力で進めようとすると、思わぬ落とし穴にはまったり、トラブルを招いたりする可能性があります。しかし、これらのリスクは事前の調査・準備と専門家の適切なサポートによって十分軽減・管理することが可能です。次章では、シンガポールにおけるM&A実務上のポイントについてもう少し具体的に見ていきます。


5. シンガポールにおけるM&A実務のポイント(法制度・税制など)

 シンガポールでM&Aを遂行するにあたり、知っておくべき法制度や実務上のポイントを整理します。日本のケースとは異なる事項が多いため、以下の点に留意が必要です。

  • 会社法制度とガバナンス: シンガポールには無限責任会社有限責任会社があり、通常日本企業は有限責任の非公開会社(Private Company)形態で現地法人を設立します。非公開会社は株式譲渡制限や株主数50名以下などの条件があります。取締役会・株主総会・監査人・カンパニーセクレタリー(会社秘書役)等の機関設計も必要です。取締役については最低1名がシンガポール居住者であることが義務付けられており、現地在住の日本人駐在員や現地スタッフ、あるいは専門職役員を招聘して充足させるケースが一般的です。総会決議要件は通常過半数、特別決議では75%以上の賛成が必要など、日本と類似する部分もあります。

  • 主要なM&A手法: シンガポールで利用される代表的なM&Aスキームは株式譲渡(株式取得)事業・資産譲渡合併(Merger)、そしてスキーム・オブ・アレンジメント(Scheme of Arrangement; SOA)です。株式譲渡は最もシンプルに対象会社の株式を取得する方法、事業譲渡は対象事業のみを切り出して取得する方法です。合併は会社法上の手続きで2社を統合するものですが、シンガポールでは裁判所の承認を経て債権者保護を図るSOAが用いられることもあります。一方、日本で一般的な会社分割株式交換・移転といった手法はシンガポールには制度として存在しません。しかし、代替手段として事業譲渡やSOAを活用し、同様の経済効果を実現することが可能です。そのため、クロスボーダーM&Aでは日本側と現地側で法的スキームの認識をすり合わせ、最適な手法を選択することが重要です。

  • 税制とクロージング: 前述の通り法人税率は17%と低廉で、多国籍企業の地域拠点として税務メリットがあります。加えて、原則として、シンガポールではキャピタルゲイン(資産の売却益)に対する課税は行われません。ただし、売却益が通常の営業活動の一環と見なされる場合や、投機的な取引と判断される場合には、課税対象となる可能性があります。株式譲渡に関しては、譲渡価額または株式の時価のいずれか高い方に対して0.2%の印紙税が課され、日本に比べストラクチャー次第では非常に税効率の良い買収が可能です。もっとも、租税回避防止の観点から経済実態の乏しいペーパーカンパニー経由の投資には各国税務当局の目が厳しくなっているため、税制優遇を享受するにも適切なアドバイスが必要でしょう。また、買収後の利益還元に関しては、シンガポールは外国所得非課税措置や多数の租税条約を有しており、日本親会社への配当送金も比較的有利に行える点はプラス材料です。

  • 労務・従業員承継: M&Aに際して従業員の処遇検討も欠かせません。シンガポールの労働市場は流動性が高く、人材獲得競争も激しいため、買収後に優秀な人材の流出を防ぐ施策が重要です。従業員の同意が必要なケースとして、譲渡契約の内容や当事者間の契約内容によっては、従業員との雇用契約が一旦終了し、新法人との再契約が必要になる可能性があります。この際、退職金や再雇用条件について現地法と契約条件を確認し、公平な処遇を提示することが円滑な承継に繋がります。またビザが必要な外国人従業員がいる場合、新オーナーによる就労ビザの引継申請なども速やかに行わなくてはなりません。

  • 不動産・ライセンス: シンガポールでは土地の約80%が国有と言われ、大半の商業用不動産は長期リース形式です。工場や店舗を持つ事業を買収する場合、土地・建物がリースか所有かを確認し、リース契約の名義変更や期間延長交渉などもデューデリジェンス事項となります。加えて、金融業や輸出入業など業種によっては事業ライセンス(許認可)取得・維持が必要です。買収によるオーナー変更に際しライセンス要件が引き続き満たされるか(資本要件や役員要件など)チェックし、必要なら当局への事前承認や通知を行うことが求められます。これを怠ると最悪の場合事業継続ができなくなるリスクもあるため、法務デューデリジェンスで細心の注意を払う必要があります。

 以上のような法務・税務・労務上の論点を踏まえ、専門家チームと協力して周到なデューデリジェンスとストラクチャリングを行うことが、シンガポールM&A成功の前提条件となります。


6. 日系企業によるシンガポールM&A事例

 実際に日本企業がシンガポール企業を買収した事例をいくつか紹介します。その動機や狙いを見ることで、シンガポールM&Aの有効な活用方法が見えてきます。

  • ワタミによるLEADER FOODグループ買収(2023年): 2023年12月、外食大手のワタミはシンガポールの食品輸入・加工・供給企業「LEADER FOODグループ」3社の株式80%を取得する契約を締結しました。ワタミは日本国内で大規模な農業・酪農事業を展開し、自社の外食・宅食事業に有機食材を供給しています。今回の買収により、海外における食材調達・供給ネットワークを強化し、シンガポール発でアジア市場への販路拡大を図ることが狙いです。さらに、現地企業との協業を通じてノウハウを蓄積し、「ワタミモデル」のグローバル展開による企業価値向上と持続的成長を目指すと発表されています。自社の強みである安全な食材供給体制を海外にも広げる、戦略的M&Aの好例と言えます。

  • ヨシタケによる現地バルブ販売会社買収(2023年): 工業用バルブメーカーのヨシタケは、2023年10月にシンガポール拠点の販売代理店Access Professional Singapore Pte. Ltd.の全株式を取得し子会社化しました。ヨシタケは幅広い産業向けにバルブを製造しており、今回の買収でASEAN地域での販売網拡大を一層促進する考えです。現地販売チャネルを直接傘下に収めることで、市場動向に即応した営業戦略展開や顧客サービス向上が期待できます。中小製造業が販路開拓のために行うクロスボーダーM&Aの典型例です。

  • ジャパンマテリアルによる半導体関連企業買収(2023年): 半導体製造装置向け部材調達を手掛けるジャパンマテリアルは、2023年7月にGBS (SINGAPORE) PTE. LTD.を子会社化すると発表しました。GBS社はアジアで大手半導体ファウンドリーと取引実績のある企業で、シンガポール法人として半導体や車載用カメラ関連事業を展開しています。ジャパンマテリアルは既にシンガポールに関連子会社(ALDON TECHNOLOGIES PTE. LTD.)を有しており、今回の買収によってグループ内シナジーを発揮しアジアでの事業拡大を加速したい考えです。成長産業である半導体分野において、有力プレーヤーを取り込むことで自社のサービス提供範囲と顧客基盤を広げる戦略的M&Aと言えます。

 以上の事例はいずれも2023年に行われた成功例であり、日本企業がシンガポール企業を買収する主な目的として、「現地の流通網・供給網の獲得」「東南アジア市場への本格進出」「グローバルな事業シナジー追求」といった点が浮かび上がります。各社とも自社の経営資源と現地企業の強みを組み合わせることで、新たな価値創出や競争力強化を図っています。シンガポール側も日本企業の誠実なビジネス文化や技術力に好意的で、双方の利害が一致しやすい土壌があることも成功要因の一つです。

 一方、公開事例として大きく報じられた失敗例は多くありませんが、一般にクロスボーダーM&Aの失敗要因としては「適切なデューデリジェンス不足による買収後の損失発覚」「企業文化の違いによる人材流出・統合不調」「シナジー効果の過大見積もりによる業績未達」などが挙げられます。シンガポール案件においても同様で、特に現地市場やパートナー企業に対する十分な調査と理解が不可欠です。前述のような専門家の助言を得ながら慎重に進めれば、大きな失敗リスクを抑えることが可能となります。


7. クロスボーダーM&Aにおけるシンガポールの位置付け

 シンガポールはアジアのM&Aにおいてハブ(中心地)的な役割を果たしています。地理的な優位性とビジネス環境の良さから、ASEAN域内外のクロスボーダーM&A取引の集積地となっています。

 まず、前述の通りシンガポールは外国企業によるシンガポール企業買収(Out-In型)が多数を占める市場であり、欧米や日本などから多額の投資が流入しています。同時にシンガポール企業自らが周辺国の企業を積極的に買収するケース(In-Out型)も増えており、シンガポールを拠点にASEAN各国やアジア諸国へ事業を拡大するといった動きが顕著です。このように「シンガポールに始まりシンガポールに終わる」ような取引構造も多く、シンガポールは域内M&Aネットワークの中核となっています。日本企業にとってもシンガポールは特別な存在です。日本からASEAN主要国へのM&A件数では常にシンガポールがトップであり、過去数年の累計でも東南アジア向けM&Aの4割前後をシンガポールが占めます。これはシンガポールが日本企業にとって「最も信頼できる進出先」であることを示唆しています。現地のビジネスコミュニティにも日本企業と長年にわたる取引実績を持つ層が多く、特に中小企業オーナーは日本企業の誠実さや品質へのこだわりに好意的と言われます。そのため、日系とシンガポール系のWIN-WINな提携関係が構築しやすく、M&Aのマッチングも成立しやすい土壌があります。

 さらにシンガポールは、香港に次ぐアジア有数の国際金融センターであり、クロスボーダーM&Aのためのファイナンス(資金調達)がしやすい点も見逃せません。投資銀行、PEファンド、法律事務所など専門サービスが集積しているため、大型案件でも迅速にプロジェクト体制を組むことができます。法律面でも英米法系の洗練された枠組みが整っており、紛争解決メカニズムや仲裁制度も充実しています。つまり、シンガポールはクロスボーダーM&Aを行う上で「安全で効率的なプラットフォーム」を提供していると言えます。

 今後についても、シンガポールはASEAN経済のハブとしての地位を維持・強化していくでしょう。域内のデジタル分野や環境ビジネス分野など成長産業でM&Aが活発化すれば、シンガポールがその統合拠点となる可能性が高いです。例えばアジアのIT・AI関連M&Aでは「シンガポール発の案件が今後もアジアを牽引する」との意見もあります。また、政府の誘致策によって新たな業種の企業がシンガポールに集積すれば、そこから周辺国へのM&A展開がさらに見込むことができます。こうしたハブ機能を意識することで、日本企業もシンガポールM&Aを単なる一国への投資に留めず、ASEAN全域戦略の一環として位置付けることが重要です。


8. 専門アドバイザーやM&A仲介会社の役割・選び方

 クロスボーダーM&Aを成功させるには、信頼できる専門アドバイザーの支援が不可欠です。シンガポールの法規制や商習慣に通じ、日本企業と現地双方の橋渡しができるプロの存在は大きな安心材料となります。実際、「シンガポールでのM&Aは専門知識が要求され、自社だけで判断するのは非常に困難」とされ、自社のみで進めるとトラブルに繋がる恐れがあるため、経験豊富な専門家のサポートを受けることが強く推奨されています。

 では、どのようにアドバイザーを選べばよいのでしょうか。以下に選定時の主なポイントをまとめます。

  • クロスボーダー実績と専門知識: まず、そのアドバイザーが海外M&Aの豊富な実績を持っているか確認しましょう。特にシンガポールを含むASEAN案件の成約事例が多いほど、現地ネットワークやノウハウが蓄積されていると期待できます。

  • 現地拠点・ネットワークの有無: シンガポールに現地法人を構えているかも大きなポイントです。現地に拠点があれば、ローカル企業や政府機関とのパイプ、最新の市場情報へのアクセスが期待できます。現地で直接支援が可能であり、交渉やデューデリジェンスなど細部まで踏み込んだサポートが受けることができます。

  • 専門チーム体制とサービス範囲: クロスボーダーM&Aでは法務・財務・税務・人事・ビジネス・環境など多岐にわたる専門知識が要求されます。それらをカバーするプロフェッショナルチームが社内または提携先にいるかを確認しましょう。たとえば現地の法律事務所や会計事務所との提携ネットワークを持っている会社、あるいは社内に多言語対応できる弁護士・会計士が在籍している会社は心強い存在です。また、案件ソーシングから評価・交渉、クロージング、PMIまで一貫して支援できるワンストップサービス提供かどうかもチェックポイントです。途中でサポートが途切れず、最後まで伴走してくれるアドバイザーが理想的です。

  • 手数料体系と報酬の透明性: M&A仲介会社によって報酬体系は異なりますが、一般的に成功報酬型(成約時に一定割合を支払う)や月次顧問料+成功報酬などの形があります。クロスボーダー案件は期間が長引く場合もあるため、手数料負担が過度にならないよう費用体系の透明性を確認しましょう。買い手側としては中間金が発生するケースもありますが、それも含め事前にしっかり説明してくれる会社であれば信頼できます。重要なのは、費用に見合う付加価値(バリュー)を提供してくれるかという点です。

  • 相性とコミュニケーション: 最後に見逃せないのが、担当アドバイザーとの相性です。クロスボーダーM&Aは数ヶ月から場合によっては年単位のプロジェクトになります。担当者と意思疎通がスムーズに取れ、こちらの意図や要望を正確に汲み取ってくれることが成功への鍵となります。初回面談や提案を通じて、誠実さレスポンスの速さ熱意などを感じ取ってください。シンガポールM&Aに精通した信頼できるパートナーと二人三脚で進めることで、不安要素を取り除き安心してプロセスを任せることができます。

 以上を踏まえ、最適な専門家を選び抜くことができれば、シンガポールでのM&Aの成功率は格段に高まります。専門アドバイザーは案件紹介だけでなく、デューデリジェンス計画の策定企業価値評価価格交渉クロージング手続き、さらにPMI戦略の立案まで幅広く寄与してくれます。日本とシンガポールの文化や商習慣の違いを埋め、双方にとって最善の合意を引き出す調整役として、ぜひ積極的に活用することを検討ください。


9. シンガポールにおけるクロスボーダーM&Aの弊社支援実績

 シンガポールにおけるクロスボーダーM&Aの弊社支援実績を紹介します(開示可能な事例を抜粋)。

株式会社カナミックネットワークによるTHE WORLD MANAGEMENT PTE LTDの株式取得に際して売手アドバイザーとして支援

 カナミックネットワークグループは、今後の成長戦略としてM&Aを積極的に推進し、ヘルスケア分野、保険サービス分野、リアル店舗からITサービスまで、事業ポートフォリオの拡大を掲げており、このたび、主に販売管理や在庫管理、会計管理などのバックエンドシステム導入コンサルティングサービスを提供しているTWM社の株式を取得しました。TWM社のバックエンドシステムと、カナミックネットワークグループが保有するフロントエンドシステムの開発力を組み合わせることにより、TWM社の顧客をはじめとするシンガポールの企業に、総合的なITシステムを提供することが可能になります。また、シンガポールを拠点にASEAN諸国をはじめとした東南アジアへの展開も見込んでおり、今回のTWM社の株式取得は、カナミックネットワークグループの成長戦略『カナミックビジョン2030』の「Phase4:海外展開」への本格的な着手ともなります。

 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、THE WORLD MANAGEMENT PTE LTD社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。

 カナミックネットワークリリース:https://ssl4.eir-parts.net/doc/3939/tdnet/2514343/00.pdf


国分グループによるシンガポール食品卸売事業会社San Sesan Global社の株式取得に際して売手アドバイザーとして支援

 国分グループは、第11次長期経営計画において海外事業の「基幹」事業化を掲げており、アセアン事業はその柱の1つです。アセアンエリアにおける経済、物流、情報の中心であるシンガポールは、当社アセアン事業の中核地と位置付けています。現在、同国においては、アセアン統括会社であるKOKUBU Singapore社、食品卸売事業会社であるKOKUBU Commonwealth Trading、低温物流会社であるCommonwealth KOKUBU Logisticsが事業を展開しており、アセアン地域と日本をつなぐ食のネットワークの構築に向けた体制の強化を推進しています。今般、シンガポール卸売事業をより強固な体制にすることを目的に、San Sesan Global社の株式を取得致しました。
 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、 
San Sesan Gobal社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。

 国分グループリリース:https://www.kokubu.co.jp/news/2024/detail/0805100000.html

 PR TIMES:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000139201.html


結論

 クロスボーダーM&Aは、企業が国際市場での競争力を維持し、成長を追求するための重要な戦略となり続けると想定されます。しかし、クロスボーダーM&Aは国内企業同士のM&Aと比べて、PMIの難易度が高くなる傾向が多く、これは言語、法律、商慣習、文化などの様々な生活・ビジネス環境が異なる企業同士がを行うため、時間を要するケースがあります。企業がクロスボーダーM&Aを成功させるためには、事前の徹底したデューデリジェンス、譲渡企業と譲受企業の密なコミュニケーションの実施などが不可欠です。また、現地情報に精通した外部専門家のアドバイザリーサービスを事前に受けるなどの対応も求められます。

 弊社では、シンガポールはもちろんのこと、東南アジアの売り案件を取り揃えております。東南アジアへのM&Aという手法を使っての、進出、事業拡大にご興味のある日系企業様、「買い」側のM&Aアドバイザー様はお気軽にご連絡をください。弊社のクロスボーダーM&Aアドバイザリーサービスをご利用いただくことで、クロスボーダーM&Aを進める際、「売」企業様とのコミュニケーションが日本語で可能であり、案件ソーシングから評価・交渉、クロージング、PMIまで一貫して支援できるワンストップサービス提供が可能です。最初から最後まで、皆様のクロスボーダーM&Aを伴走させていただきます。


ゲリー タン

ABOUT THE AUTHOR

Gary Tan
is a cross-border M&A expert with experience across Southeast Asia and the Asia-Pacific region. Fluent in English, Chinese, and Japanese.


Hideo Yamashita

ABOUT THE AUTHOR

Hideo Yamashita
is a certified Japanese CPA, Certified Business Valuator (CBV), and experienced M&A and corporate strategy consultant based in Asia.


(注)上記記述は、その内容を弊社が保証するものではありません。詳細、最新情報は弊社までお問い合わせください。

監修:クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門

ページトップへ戻る

ご相談はこちら
(秘密厳守)
前へ
前へ

クロスボーダーM&A 完全ガイド DD編【2025年版】

次へ
次へ

クロスボーダーM&A 完全ガイド ライフサイエンス業界編 【2025年版】