クロスボーダーM&A 完全ガイド DD編【2025年版】
クロスボーダーM&A最前線、デューデリジェンス(DD)とは?「知っているつもりにならない」クロスボーダーDDを徹底解説
本記事では、クロスボーダーM&Aにおける財務デューデリジェンスおよび税務デューデリジェンスに焦点を当て、それぞれの基本概要からクロスボーダー特有のリスク、具体的な実施手順、さらに成功のためのポイントまでを体系的に解説します。これから海外企業の買収を検討する方にとって、本記事の内容がリスク対策と準備の一助となれば幸いです。
クロスボーダーM&A(Cross-border M&A)とは、国境を越えて行う合併や買収のことで、海外企業が関わるM&Aであり、クロスボーダーM&Aは、企業が国際市場において成長を追求し、競争力を強化するための戦略的手段です。ビジネスにおいては国際間の取引という意味となります。日本企業においては国内市場の成熟化や人口減少に伴う需要低迷が顕著であるため、海外への進出が不可避となっており、クロスボーダーM&Aを活用するケースが増加しています。クロスボーダーM&Aは企業がグローバル展開をする手段として注目されており、クロスボーダーM&Aを採用する理由として昨今多くなっているのは、時間を買うという目的が多いです。自社のみで、一から海外進出を検討した場合、クロスボーダーM&Aを行う場合と比較して、海外でビジネスをするための経験・ノウハウやオフィス準備、人材採用・人材確保などの時間を多く要することになり、スピード感をもったビジネス展開が難しくなります。よって、クロスボーダーM&Aにて、海外で既にビジネスを行っている企業を買収できれば、まさに時間を買うことが可能となり、スムーズな海外展開が可能となります。
実際、近年の日本企業によるクロスボーダーM&A(In-Out型のクロスボーダーM&A)は増加傾向にあり、東南アジアの高成長市場や欧米先進国の先端技術取得を狙ったもので、2018年には取引件数および成約金額が過去最高に達しました。また、日本国内ですでに成熟しているマーケットも、海外では未開拓であることが多く、クロスボーダーM&Aを通じて競合他社が少ないブルーオーシャンでビジネスを行うというのは、クロスボーダーM&Aは戦略的に他社との優位性を確保できる優れた手法となります。クロスボーダーM&Aには、自社にない技術やブランド、人材を獲得したり、新市場へ進出して売上拡大を図ったりといった大きなメリットが期待できます。一方で、異なる法制度・ビジネス慣習・文化・言語・通貨など様々な違いが絡むため、通常の国内M&Aとは異なる難しさやリスクが存在します。例えば、対象国の法律・規制の違いや会計基準の相違、為替レートの変動、現地の商習慣のズレなど、事前によく理解しておかないと思わぬ落とし穴にはまりかねません。
このようなリスクを低減し、取引を成功させるために重要となるのがデューデリジェンス(Due Diligence, DD)です。デューデリジェンスとは、M&Aに際して買い手側が対象企業の実態を多角的に調査・分析するプロセスのことで、財務・税務・法務・ビジネスなど各分野で専門家チームが隅々までチェックを行います。特に財務デューデリジェンス(Financial DD)と税務デューデリジェンス(Tax DD)は、買収後の企業価値や財務負担に直結する重要領域です。財務面の健全性や税務上の問題点を見落とすと、買収後に業績悪化や予期せぬ追加コストを招き、M&A自体が失敗に終わるリスクがあります。実際に、財務・税務DDが不十分だったために、買収後に巨額の簿外負債や未納税が発覚して多額の損失計上を余儀なくされた事例も報告されており、デューデリジェンスの重要性を物語っています。
財務デューデリジェンスとは、M&A取引において対象会社の財務状況や業績を詳細に調査・評価するプロセスです。買い手は専門の会計士や財務アドバイザーの協力を得て、対象企業の財務諸表や関連資料を丹念にチェックします。これは表面的な数字の確認に留まらず、企業の収益構造や資産・負債の実態を把握し、将来的なリスクを洗い出すことが目的です。財務DDによって、会社の本質的な収益力(継続的に生み出せる利益の水準)や健全性が明らかになり、適正な買収価格の算定や買収後の経営計画に役立つ重要な情報が得られます。
財務デューデリジェンスで主に確認されるポイントには、次のようなものがあります。
財務諸表の正確性の検証:貸借対照表(B/S)や損益計算書(P/L)といった主要な財務諸表が適切な会計基準に則って作成されているか、粉飾や重大なミスがないかを確認します。
収益性とキャッシュフローの分析:過去数年間の売上や利益の推移を分析し、一時的な特需や利益操作によるものではなく持続的な収益基盤があるか評価します(例えば、一過性の不動産売却益など臨時利益は除外して本業の実力値を算出します)。また営業キャッシュフロー(本業で生み出す現金)が安定しているかも重要な指標です。
資産価値と負債の把握:貸借対照表上の資産・負債項目を精査し、在庫や固定資産が過大評価されていないか、逆に減価償却不足で過大に計上されていないかをチェックします。同時に、簿外債務(帳簿に表れていない潜在的な負債)や偶発債務の有無も洗い出します。また、売掛金の回収状況や在庫の滞留・陳腐化リスクなど、帳簿上では健全に見える項目にも注意を払い、潜在リスクがないか検証します。
財務健全性の評価:自己資本比率や有利子負債残高、利払い負担などから、財務的に健全なバランスが保たれているかを評価します。たとえば、借入金過多で債務超過のリスクがないか、過度な設備投資による資金繰り悪化が懸念されないかなどを検討します。
これらの調査結果を踏まえ、買い手は対象企業の財務リスクが許容範囲か判断します。財務DDの過程で重大な問題が発見された場合には、買収価格の引き下げ交渉を行ったり、契約条件に補填策(例:簿外債務が判明した場合の賠償条項)を盛り込んだりする対応が取られます。逆に大きな問題が見当たらなければ、財務内容に裏付けられた適正な評価額で最終契約に進むことができます。財務デューデリジェンスは、クロスボーダーM&Aを成功させる上で土台となる重要なステップです。
税務デューデリジェンスとは、M&Aにおいて対象会社の税務面を調査し、潜在的な税務リスクや未納税額の有無を明らかにするプロセスです。買い手側は税務の専門家(税理士や国際税務に詳しい会計士など)を起用し、対象企業がこれまで適切に納税・申告を行ってきたか、将来的に税務上の問題が発生しないかを確認します。国ごとに税制や税務慣行は異なるため、クロスボーダーM&Aでは特に現地の税務事情に精通した専門家の協力が不可欠です。税務DDを通じて、買収後に思いげない追徴課税や罰金に直面するリスクを未然に防ぎ、取引スキーム(構造)の最適化にも役立つ情報を得ることができます。
税務デューデリジェンスで主に確認される事項には以下のようなものがあります。
各種税金の申告・納税状況:法人税や消費税(付加価値税)、源泉徴収税、地方税などについて、過去の申告内容と納税額を調査します。申告漏れや納税遅延、未納付の税金がないかを確認し、もし滞納があればその原因と金額を把握します。
税務上の特例・繰越欠損金の有無:対象会社が税制上の優遇措置を受けている場合(例:一定期間の税率軽減措置)や、繰越欠損金(過去の損失の繰越)の残高がある場合は、その内容と適用要件を確認します。買収後もそれらを引き継げるか、または株主構成の変化で特典が消失しないか(※日本では株主が大幅に異動すると繰越欠損金の利用に制限がかかるルールがあります)、将来の影響を検討します。
過去の税務調査結果:税務当局による過去の税務調査歴があるか、その結果指摘事項や追徴課税があったかを調べます。過去に指摘された事項が未解決で残っていないか、将来的に再度問題視されるリスクがないかを評価します。
潜在的な税務リスクの洗い出し:帳簿や契約書を精査し、税務上グレーゾーンとなりうる取引がないか確認します。例えば、売上の計上タイミングや費用処理において税法上問題となりうる処理がないか、関連会社間の取引価格(移転価格)が適正か、といった点をチェックします。
税務DDの結果判明したリスクは、M&Aの最終条件に大きく影響します。例えば、大きな納税漏れが発見された場合、売り手にその額を補填させる条件を契約に含めたり、将来税務上の不確実性が高い場合には買収スキーム自体を変更してリスクを分散させたりする対応が考えられます。一方で、重大な問題がなければ、税務面で安心材料を得た上でM&Aを進められます。税務デューデリジェンスは、このように買収後の「想定外」を防ぎ、安心してクロスボーダー取引を完遂するための重要なステップと言えます。
クロスボーダーM&Aでは、財務面で国内取引にはない独自のリスクが存在します。ここでは海外企業買収に際して特に注意すべき主な財務リスクを挙げ、それぞれ説明します。
財務情報の信頼性(監査水準の違い):海外の中小企業や新興国の企業の場合、日本と比べて財務情報の信頼性が低いケースがあります。例えば、外部監査の制度が十分整備されておらず、決算書類に誤りがあっても見逃されている可能性があります。また内部統制(社内のチェック体制)が未成熟な企業では、不正会計や重要なミスが潜んでいるリスクも否めません。クロスボーダーM&Aでは、現地の会計士による監査報告書やデューデリジェンスを通じて、数字の信憑性を慎重に見極める必要があります。
カントリーリスクと経済環境の変動:対象企業が属する国・地域の政治情勢や経済状況が業績に与える影響も無視できません。たとえば、新興国で高インフレが発生すると、人件費や原材料費が急上昇して利益率が悪化したり、金融政策の変化で金利負担が増大したりする可能性があります。また、政情不安や景気後退により需要が落ち込むリスクもあります。こうしたカントリーリスクはクロスボーダーM&A特有の外部要因であり、財務デューデリジェンスでは経済指標の動向や将来予測も考慮して評価を行うことが重要です。
資金移動・送金に関するリスク:クロスボーダーで資金を動かす際の規制や障壁にも注意が必要です。国によっては外貨の持ち出しに制限があったり、配当金や資金の海外送金に政府の許可が必要な場合があります。買収後に子会社から親会社へ利益を送金しようとしても、規制によりタイムリーに資金を引き出せないリスクや、送金に追加コスト(送金税や厳しい為替管理手数料)がかかるリスクがあります。こうした制約は親会社の資金繰りや投資採算に影響を与えるため、事前に現地の外為法制や税制を確認し、必要に応じた資金計画を立てる必要があります。
為替リスク:買収対象が外国通貨で事業を行っている場合、為替レートの変動により企業価値や買収後の財務成果が影響を受けます。たとえば、買収時に想定していた為替レートよりも円高が進行すると、円換算した売上・利益が目減りし、投資回収に時間がかかる恐れがあります(例:1ドル=110円で計算していた利益が、1ドル=100円になると約10%目減りする)。このように為替相場の変動によってキャッシュフローが不安定になるリスクが常につきまといます。
会計基準や会計慣行の違い:国によって採用している会計基準(例えば日本基準、米国基準、国際会計基準など)や経理実務の慣行が異なるため、財務諸表の数字をそのまま比較・評価できない場合があります。海外企業の財務諸表を分析する際には、買い手企業側の基準に合わせた調整が必要になることがあります。例えば、減価償却の方法や引当金の計上基準が異なると、利益水準や資産価値の見え方も変わってきます。こうした差異を把握せずに評価すると、実態よりも楽観的な(あるいは悲観的な)見積もりをしてしまうリスクがあります。
以上のような財務リスクは、事前の調査と対策によってある程度コントロールすることが可能です。財務デューデリジェンスでは、これらのリスク要因を洗い出し、必要に応じて評価額に反映させたりヘッジ手段(為替予約の活用など)を検討したりします。クロスボーダーM&Aでは、国内取引以上に慎重な財務分析とリスクヘッジ策の検討が求められるのです。
海外企業の買収では、国際税務に関する特有のリスクにも注意が必要です。異なる国の税制が絡むことで、生じうる主な税務リスクを以下にまとめます。
二重課税のリスク:同じ利益に対して二重に課税されてしまう可能性です。例えば、買収先国で法人税が課された後、その利益を日本に送金する際に配当として再度課税(源泉徴収)されるといったケースが挙げられます。また、買収スキームによっては売り手・買い手双方の国で譲渡益課税が発生する場合もあります。こうした二重課税は、各国間の租税条約(二重課税防止条約)を適用したり、税務上の構造を工夫したりすることで回避・軽減する余地がありますが、事前に検討しておかないと想定以上の税負担となり得ます。
移転価格税制に関わるリスク:クロスボーダーM&Aでは、関連会社間取引の価格設定(移転価格)が税務上の問題となる場合があります。買収対象企業が親会社や海外の関連会社と商品・サービスのやり取りをしている場合、その取引価格が適正な時価から逸脱していると、税務当局から利益移転とみなされ追加の課税を受ける可能性があります(移転価格税制)。特に、安い価格で親会社に製品を販売して利益を日本側に移転させているようなケースでは、現地国で追徴課税を受けるリスクが高まります。移転価格に関する文書化要件や各国のルールを把握し、問題がないか確認することが重要です。
タックスヘイブン対策税制(CFC税制)のリスク:買収対象企業やその子会社が税率の極めて低いタックスヘイブン(租税回避地)に拠点を置いている場合、日本の税法上、外国子会社合算税制(いわゆるCFC税制)の適用により、その低課税子会社の所得が親会社(日本側)の所得に合算され、課税される可能性があります。本来、海外で生じた利益は現地で課税されるだけで日本では非課税と考えていたものが、日本の制度によって課税対象となり、結果的に税負担が増加するリスクです。対象企業グループの構成や各子会社の実効税率を把握し、このリスクがないか精査する必要があります。
現地税制の相違によるリスク:国ごとに税金の種類や制度が異なるため、日本企業が馴染みのない税コストが発生する場合があります。例えば、外国ではM&A取引において印紙税や登録免許税のような税が課される、株式売買益に対する課税方法が日本と異なる、といったケースです。また、買収スキームや取引の構造によっては、日本・現地双方で恒久的施設(Permanent Establishment, PE)とみなされ、思わぬ課税対象となってしまう可能性もあります。さらに、税制改正によって将来的に優遇措置が打ち切られたり税率が変動したりするリスクも考慮しなければなりません。こうした現地特有の税務ルールを見落としていると、買収後に予定外の税負担が発生してしまう可能性があります。
以上の税務リスクについても、事前の税務デューデリジェンスで把握し、対策を講じることが可能です。例えば、租税条約の適用要件を満たす持株比率で買収する、税負担を最小化できる地域に中間持株会社を設置する、あるいは契約上で税務リスクに対する表明保証(特定の税金について問題がないことの保証)や補償条項を取り決める等の対応策が考えられます。クロスボーダーM&Aでは、税務面でも周到な計画と専門知識に基づくリスクヘッジが欠かせません。
クロスボーダーM&Aにおける財務・税務デューデリジェンスは、以下のような手順で進められるのが一般的です。
事前準備と専門チームの編成:基本合意書の締結後、できるだけ早期にデューデリジェンスの準備に取り掛かります。まず買い手企業は、財務DDのために公認会計士やM&A財務アドバイザリーチーム、税務DDのために税理士や国際税務の専門家など、適切な専門家チームを選定・契約します。クロスボーダー案件では現地の会計事務所・法律事務所との提携も検討します。併せて、調査の範囲(対象期間や重点項目)や全体のスケジュールを策定します(一般的にはデューデリジェンスに1~2か月程度を要するケースが多い)。そして、売り手企業との間で秘密保持契約(NDA)を締結して機密情報提供の枠組みを整えます。デューデリジェンスの専門チーム選定にあたっては、ディールの規模・複雑さに応じて適切な人材を選ぶことが大切です。例えば、対象会社の事業が多国展開で複雑な場合には大手ファームの大規模チームが望ましい一方、規模が小さくシンプルな案件では費用対効果を考えて現地の中小事務所に依頼するケースもあります。いずれの場合も「どの事務所に頼むかより、誰に頼むか」が重要であり、担当者の経験値や信頼性を重視してチームを組成しましょう。
資料提供依頼とデータ収集:買い手の専門チームは、売り手企業に対し詳細な資料提供を依頼します。具体的には、過去数年間の財務諸表や試算表、明細帳票、契約書類、税務申告書一式、税務調査結果の報告書など、多岐にわたる資料です。クロスボーダーの取引では、多くの場合オンライン上にバーチャルデータルーム(VDR)と呼ばれる安全な共有フォルダが設置され、売り手はそこに電子データをアップロードします。買い手はそのVDR上で資料を確認し、不明点を質問する流れです。紙ベースの資料しかない場合や大量の資料がある場合には、USBやクラウド経由でデータを受け取ったり、必要に応じて直接現地に赴いて資料閲覧することもあります。依頼資料が膨大な場合、売り手側での準備に時間がかかるため、重要資料から優先的に提供してもらうなど工夫しつつ効率的に収集を進めます。なお、中堅中小企業の案件では資料収集に最も時間を要する傾向があり、極端に言えば「必要資料がすべて揃った時点でDDの7割は完了した」と言われるほどです。そのため、売り手には早め早めの資料準備を促しつつ、残りの工程を効率的に収集を進めます。
詳細な分析・現地での質疑:提供された資料にもとづき、財務・税務の専門家チームが詳細に分析を行います。財務DDでは、収益性の分析やBS項目の洗い出し、必要な調整仕訳の試算などを進め、税務DDでは申告内容のチェックや税引当の妥当性検証などを行います。分析の過程で疑問点や追加情報が必要な点が出てきた場合、買い手チームは売り手企業に対してQ&Aリストを通じ質問を投げかけ、回答を得ます。また、必要に応じてデューデリジェンスの担当者が対象企業を訪問し、経営陣や担当者へのインタビューを実施することもあります。ただしこの段階では一般従業員にはM&A交渉を伏せている場合が多いため、情報漏洩や社員の動揺を避ける配慮も求められます。
結果の報告と交渉への反映:全ての調査が完了すると、専門家チームはデューデリジェンス報告書を取りまとめます。途中で重大な懸念事項が見つかった場合には適宜中間報告がなされ、買い手は早期に対応策を検討します。最終報告書では、発見されたリスクや問題点、それに対する見解が整理されます。買い手はこの結果を踏まえ、M&Aを進めるか再検討するかを判断します。問題が軽微で許容できる範囲であれば、指摘事項に対応する形で最終契約交渉に臨みます(例えば、価格調整や表明保証条項の追加など)。逆に、デューデリジェンスで深刻な課題が判明した場合には、条件の大幅見直しや最悪取引中止も選択肢となります。いずれにせよ、財務・税務デューデリジェンスの結果は最終条件に直結するため、買い手・売り手双方がその内容を正確に把握した上で適切な意思決定を行うことが重要です。
デューデリジェンスの手順全体を通じて重要なのは、限られた時間の中で必要な情報を漏れなく確認し、リスクを適切に評価することです。クロスボーダーM&Aでは、言語・時差の問題や資料の整備状況の違いから、国内以上に綿密な計画とフォローアップが求められます。経験豊富な専門家のサポートのもと、段階的かつ着実に調査を進めることが、スムーズなデューデリジェンス遂行の鍵となります。
最後に、クロスボーダーM&Aを成功させるために押さえておきたいポイントをまとめます。財務・税務デューデリジェンスを含め、以下の点に注意することでリスクを軽減し、取引成功の確率を高めることができます。
経験豊富な専門家の起用:クロスボーダーM&Aでは、各国の制度や商習慣に精通した専門家のサポートが不可欠です。財務・税務面でも、海外案件の経験が豊富な会計士・税理士や、現地にネットワークを持つアドバイザーを起用することで、見落としがちなリスクを的確に指摘してもらえます。語学や現地事情に通じたプロフェッショナルの力を借りることは、結果的に時間とコストの節約にもつながります。
文化の理解と円滑なコミュニケーション:異文化間でのM&Aでは、相手企業との信頼関係づくりが一層重要です。国民性やビジネス文化の違いによって交渉スタイルや意思決定のプロセスも異なるため、相手の文化的背景を尊重しつつ丁寧にコミュニケーションを図ります。デューデリジェンスの過程でも、質問や要望の伝え方に配慮し、売り手の協力を得やすい雰囲気を作ることが大切です。売り手オーナーに対しては、長期間の調査に協力してもらう感謝の意を示し、精神的負担を和らげるよう努めることで、交渉全体が円滑に進みやすくなります。
デューデリジェンスの徹底:クロスボーダーM&Aでは「慎重すぎるくらいでちょうど良い」と言われるほど、徹底した事前調査が肝心です。財務・税務だけでなく、法務・ビジネス・人事などあらゆる重要分野でDDを省略せず実施しましょう。特に財務・税務面で今回は詳しく述べたとおり、細部まで確認することで買収後のサプライズを防げます。時間や費用の制約はありますが、将来の損失回避と安心のための先行投資と捉えて、デューデリジェンスには可能な限り万全を期すことが成功につながります。
M&Aの目的・戦略の明確化:買収を進める前に、「なぜその海外企業を買収するのか」「何を得たいのか」という目的を明確に定めておくことが重要です。市場シェア拡大なのか、新技術の獲得なのか、目的によって注力すべきデューデリジェンスのポイントも変わります。戦略が明確であれば、調査段階で焦点を当てるべき事項がブレず、買収後の統合作業(PMI)に向けた準備もスムーズになります。目的が曖昧なままだと、せっかく買収してもシナジーを発揮できず失敗に終わるケースもあるため注意が必要です。
適正なバリュエーション(評価):クロスボーダーM&Aでは、対象企業の価値評価(バリュエーション)においても現地の状況を織り込むことが大切です。対象国の経済成長率やリスク要因に応じた割引率の設定、為替変動リスクの反映など、公正価値を見極めるための調整を行います。海外案件では過度な楽観に陥りやすい傾向も指摘されるため、デューデリジェンスで得られた情報を基に保守的かつ合理的な評価額を算定する姿勢が求められます。実際、シナジー効果を楽観視して高額で買収したものの、期待通りの収益が上がらずのれん(買収に際して発生した超過収益力の価値)の減損処理を余儀なくされた例も散見されます。過度な楽観を戒め、冷静な評価に徹することが成功への近道です。
契約条件とリスク分担の工夫:クロスボーダーM&Aでは、契約交渉においてリスクをどのように分担するかが重要になります。デューデリジェンスで判明した懸念事項については、表明保証(特定事項について問題がないことの保証)やインデムニティ(損害賠償請求権)の条項を設け、万一の場合の補償を確約してもらうことができます。また、買収プロセスが長期化する場合に備えてブレークアップフィー(違約金条項)を契約に盛り込む、将来の業績が不確実な場合は一部支払いを業績連動型のアーンアウトとする等、契約上の工夫でリスクヘッジを図ることも成功のポイントです。さらに、重大な懸念事項がある場合は、対価の一部をエスクロー(第三者機関に一時預け)にしてリスク解消まで留保するといった手法も検討されます。
PMI(買収後統合)計画の重視:M&A成立後のPMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)も、クロスボーダーでは特に綿密に計画しておく必要があります。組織風土やビジネス慣習の違う企業同士の統合には時間がかかるため、契約締結前から統合の課題を洗い出し、統合計画を準備しておくことが望ましいでしょう。PMIの視点を持ってデューデリジェンスを行えば、統合段階でネックとなりそうな問題を早期に発見できます。買収「後」に初めて問題に気づくのではなく、「前」から統合を見据えて動くことが、クロスボーダーM&A成功の鍵を握ります。なお、買収後は会計基準や決算プロセスの統合も必要となるため、その移行計画を事前に検討しておくことで、スムーズな財務面の立ち上がりが可能となります。
クロスボーダーM&Aの弊社支援実績を紹介します(開示可能な事例を抜粋)。
株式会社カナミックネットワークによるTHE WORLD MANAGEMENT PTE LTDの株式取得に際して売手アドバイザーとして支援
カナミックネットワークグループは、今後の成長戦略としてM&Aを積極的に推進し、ヘルスケア分野、保険サービス分野、リアル店舗からITサービスまで、事業ポートフォリオの拡大を掲げており、このたび、主に販売管理や在庫管理、会計管理などのバックエンドシステム導入コンサルティングサービスを提供しているTWM社の株式を取得しました。TWM社のバックエンドシステムと、カナミックネットワークグループが保有するフロントエンドシステムの開発力を組み合わせることにより、TWM社の顧客をはじめとするシンガポールの企業に、総合的なITシステムを提供することが可能になります。また、シンガポールを拠点にASEAN諸国をはじめとした東南アジアへの展開も見込んでおり、今回のTWM社の株式取得は、カナミックネットワークグループの成長戦略『カナミックビジョン2030』の「Phase4:海外展開」への本格的な着手ともなります。
シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、THE WORLD MANAGEMENT PTE LTD社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。
カナミックネットワークリリース:https://ssl4.eir-parts.net/doc/3939/tdnet/2514343/00.pdf
国分グループによるシンガポール食品卸売事業会社San Sesan Global社の株式取得に際して売手アドバイザーとして支援
国分グループは、第11次長期経営計画において海外事業の「基幹」事業化を掲げており、アセアン事業はその柱の1つです。アセアンエリアにおける経済、物流、情報の中心であるシンガポールは、当社アセアン事業の中核地と位置付けています。現在、同国においては、アセアン統括会社であるKOKUBU Singapore社、食品卸売事業会社であるKOKUBU Commonwealth Trading、低温物流会社であるCommonwealth KOKUBU Logisticsが事業を展開しており、アセアン地域と日本をつなぐ食のネットワークの構築に向けた体制の強化を推進しています。今般、シンガポール卸売事業をより強固な体制にすることを目的に、San Sesan Global社の株式を取得致しました。
シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、 San Sesan Gobal社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。
国分グループリリース:https://www.kokubu.co.jp/news/2024/detail/0805100000.html
PR TIMES:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000139201.html
ラバブルマーケティンググループの東南アジア地域でのクロスボーダーM&Aを包括的に支援
日本国内においてSNSマーケティング事業を行っているラバブルマーケティンググループは、海外事業の立ち上げおよび拡大(クロスボーダーM&Aを含む)を成長戦略のひとつに掲げており、東南アジアに進出する企業のマーケティングの支援と東南アジアからのインバウンド需要の獲得を目的として2023年3月に、タイの現地法人であるDTK AD Co.,Ltd.の発行済み株式の49%を取得し、子会社化することを決定しました。
シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、ラバブルマーケティンググループがDTK AD Co.,Ltd.を買収する際の包括的な実行支援を提供しました。
ラバブルマーケティンググループリリース:https://lmg.co.jp/news/information_20230322/
NTTデータ先端技術株式会社と印・AlgoAnalytics社との資本業務提携を支援
NTTデータ先端技術株式会社は、多数のデータサイエンティストを有し、機械学習技術をベースにAI全般を強みとするAlgoAnalytics Pvt. Ltd.と、先進技術領域における取り組みの拡大に向けた資本業務提携を行うことで2023年5月16日に合意しました。
シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、両社の業務資本提携におけるアドバイス及び実行支援を提供しました。
NTTデータ先端技術株式会社リリース:https://www.intellilink.co.jp/topics/news_release/2023/051600.aspx
クロスボーダーM&Aにおける財務・税務デューデリジェンスの重要性とポイントについて解説してきました。海外企業の買収は、自社の成長に大きく寄与し得る魅力的な戦略ですが、その反面、異国の地ならではのリスクを伴う挑戦でもあります。だからこそ、買収前の財務・税務デューデリジェンスを徹底し、見えるリスクも見えないリスクも可能な限り洗い出しておくことが、成功への最低条件と言えます。
幸いなことに、近年は各国間での情報共有や会計基準の国際化が進み、クロスボーダーM&Aの環境も徐々に整いつつあります。例えば多くの国でIFRS(国際財務報告基準)が採用されるようになり、異なる会計基準によるギャップは縮まりつつあります。また、各国の租税条約ネットワークの拡充や国際的な税務ルールの整備(BEPS(国際的な租税回避防止の枠組み)プロジェクトなど)により、二重課税の回避や透明性向上が図られています。しかし、それでも各国固有の法制度・商習慣の違いが消えるわけではなく、クロスボーダーM&Aでは依然として入念な調査と準備が求められます。
今後、日本の中堅・中小企業が海外進出の一環としてクロスボーダーM&Aに取り組むケースはさらに増えていくと予想されます。そうした中で、本稿で述べた財務・税務デューデリジェンスの知識やリスク管理のノウハウはますます重要性を増すでしょう。また、対象地域も多様化しており、かつて海外M&Aと言えば欧米先進国が中心でしたが、近年ではアジアなど新興国の企業を対象とした案件が急増しています。その分、各国ごとの会計・税務事情を把握することが一層重要になってきます。初めて海外企業を買収する場合でも、適切な専門家の助言を得ながら丁寧にプロセスを踏めば、過度に恐れる必要はありません。周到な準備と慎重な対応さえ怠らなければ、クロスボーダーM&Aは企業に大きな飛躍をもたらすチャンスとなります。
最後に、クロスボーダーM&Aに臨む際には「知っているつもりにならない」ことが大切です。現地の事情やリスクは実際に調べてみて初めて見えてくるものも多く存在します。本記事が紹介したポイントを参考に、財務・税務デューデリジェンスを含む事前準備をしっかりと行い、リスクを十分コントロールした上で、ぜひ果敢に海外展開にチャレンジしていただきたいと思います。綿密なデューデリジェンスと慎重な計画立案こそが、クロスボーダーM&A成功への近道です。
クロスボーダーM&Aに関するご相談やご不明点がございましたら、ぜひお気軽に弊社までお問い合わせください。皆様の海外展開を全力でサポートいたします。